高齢化が恒例化


 上野の東京美術館で開催されている「マティス展」へ。

 アンリ・マティスは、1869年生まれのフランスの画家。「色彩の魔術師」と称されるほど、印象的な色の中に芸術性を探求していった作品の数々。日本では2004年以来となる今回の展覧会では。代表作のひとつ「豪奢、静寂、逸楽」をはじめとした生涯にわたる軌跡が、まんべんなく網羅されている。点数が少なく物足らないところもあったが、目と心の保養となったのはいうまでもない。

 それにしても気になったのは、ピカソと双璧をなすくらいの巨匠の展覧会にしては空いていたこと。会期の半ばとあってなのか、雨交じりの天気だったからなのか? でも、実はある程度は予想していたことでもあった。

 以前、よく昼呑みをする大衆食堂が異常に空いていたことがあった。その店はなぜだか、爺さま婆さまが昼から呑んでいるたまり場で、いつ行っても満員に近い客の半数以上が爺さま婆さまたち。それがその日は彼らの姿がほとんどなかったのだ。そこでふと思いついたのが、その日は年金の受給日の直前。なるほど、そういうことか。娯楽施設でも年金受給日の前は、いつもより高齢者が少ないのはよくあるあるだ。

 美術館というと、ふた昔前、み昔前までは、空いているのが普通だった。モナリザやひまわりなどの世界的名画は例外として、ある程度名の知れた画家の展示会においても、館内はガランとしていて絵画の前に人が群がって、なかなか見られないということはほぼなかったくらい。ところが、バブルあたりから美術館は盛況になり、その客の多くは高齢者。リタイアして閑をもてあました人たちにとって、美術館は文化的で高尚な趣味の欲求を満たしてくれる格好の場所となった。その傾向は現在も続き、美術館の来訪者の高齢者率は高い。

 そんなわけで、年金受給日の前日に行けば、ひょっとして空いているのではないかと出かけた次第。その予想がズバリ的中したのかどうかは定かではないが、ともかく、人をかき分けるほどの入館者もなく、絵画の前でしばし見入ることもでき、久しぶりにストレスレスで美術館に滞在できた。

 そういえば、温泉の高齢化もかなりなもの。自分が若かったころも温泉といえばお年寄りが多い印象であったが、日々の疲れを癒すリゾートとしての温泉が定着している現在においても、宿泊客の爺さま婆さま率は高い。実際、日本自体が高齢化社会化しているわけだから、それも当然といえば当然ではあるが、今現在の高齢者である団塊の世代以降、温泉の主な顧客層が激減していくことは目に見えている。

 かつての社員旅行がなくなって、団体客の激減によって寂れていった温泉地も多々ある。鬼怒川や水上温泉のように廃墟宿が建ち並ぶ温泉街も珍しくもない。水上は客層を特化した宿で再建の兆しも見受けられるが、これからの温泉宿は、個別な嗜好を満足させることが必要になっていくかもしれない。

 近ごろの「ソロキャン」ブームのごとくソロ専用宿や、ペットと混浴できるアニマル宿。恋人たちのためのラブホ温泉とか、隠キャも泊まれる、食事は部屋の前にそっと置かれている引きこもり温泉とか、どう?

(温泉呑べえ)
値上げラッシュ


 天下一品。俗にいう「天一」は、ラーメン好きなら一度は食べたことがあるでだろう、全国的にも有名なチェーン店。「こってり」という名が通り名として浸透しているほどの、どろどろの濃厚な鳥骨スープが唯一無二なこってりラーメンは、全国のおすすめラーメンチェーンの上位にランクインする人気ラーメンでもある。

 天下一品の発祥は京都。京都といえば、ラーメンに関しても京料理に代表されるように薄味というイメージがある。出汁がきいた透き通ったスープに細麺、そんで、BGMには琴の音が流れるみたいな、いわゆる「京風ラーメン」。実際、ひと昔前の東京にもそういう類の店はあったが、現実の京都ラーメンはどちらかといえば濃い味が主流。老舗でいうと「第一旭」や、そのお隣の「新福菜館」などは、見た目も濃厚な醤油系スープだし、鶏ガラを煮込んだスープの「天天有」、背脂をふんだんに使った「ますたに」など、どれもが味が濃系のスープが売り。新規店においても、だいたいが濃い味を前面に打ち出している店が多い。
 
 なかでも、独特のどろっとしたスープが印象的なのが「天下一品」。1971年に屋台からスタートし、店主が味の開発を進めたのち、1975年に現在の京都本店の地に天下一品として創業。今や全国に222店舗も構えるラーメンチェーンになり、全国にこってり味の固定ファンも多い。じっくり煮込んだ鶏ガラをベースに野菜などを加えたスープは濃厚で、雑に言えば「どろどろ」。麺を持ち上げるとスープが絡みつくくらいで、スープを飲むというよりは食べるといったほうが適切かというくらい。その味は見た目通りの「こってり」だ。
 
 学生のころ初めて天下一品を食べたときは、ラーメンといえば中華そばといった中華系の醤油味がほとんど。当時、珍しいラーメンといえば札幌ラーメンくらいしかなかったこともあってか、今までにないラーメンの味に感激し、京都に住んでいたころは、ラーメンといえば天下一品というくらいの、天一好きになってしまっていた。そんなわけで、東京に出てきてからも、けっこうな頻度で天一に通っていたわけだが、その後に続々と新しい味のラーメン店が出現して、いつしか一大ラーメンブームが到来。いつの間にか天一にも足が遠のいていった。

 そんなつい先日、呑んだあとにたまたま前を通りかかった天下一品。小腹が空いていたこともあって、つい引き込まれてしまい、着席するかしないかでメニューも見ずに「こってり」宣言。何年ぶりだろうか? 確かコロナ禍が始まる前以来だっけ? 

 天下一品には直営店とフランチャイズがあるが、大半は後者でこの店もそのようす。セントラルキッチン方式なので味は同じかと思いきや、スープの原液を戻す行程が店それぞれあるようで、店舗によって味が異なるというのが通の見解だ。うん。この店、基本的には天一の味だけど、味が塩っ辛くてイマイチかな。ま、久しぶりだからと思いつつ完食。会計をとレシートを見ると、940円。え? 何もトッピングしていないはずだが、よく見るとラーメン単体の値段。値上がり? それにしても、高っ!

 前に食べたときは確か700円台だった記憶がある。その時も一杯600円台の記憶があったので値上げかと思ったが、今回の940円はさすがに割高感が半端ない。もはや、高級ラーメン? 天一は今までも頻繁に値上げがあったようだが、900円以上は許容範囲外。今後は、よっぽど酩酊していない限り無理かなぁ。さらば、天一よ。ま、そうは言っても忘れたころにまた食べちゃうんだろうけれど、その時は1000円を超えているかもしれない。 

 そんなこんなで世の中は値上げラッシュ。光熱費から食料、生活必需品までありとあらゆる値段がどんどん上がってきている。こと、温泉に関しては、まだまだ値上げラッシュの波は押し寄せてきていないように感じるが、燃料費、食材費、リネンなどの雑費など、温泉はダイレクトに値上げの影響を受ける業種でもあるだけに、今後は入浴料を始め宿泊費も値上げの一途をたどるのは目に見えている。交通費やガソリン代のアップも想定できるから、温泉なんて気軽にほいほい行ける時代ではなくなっちゃたりして。

 新宿の昭和チックな飲み屋街「思い出横町」が、近ごろ訪日外国人の占拠状態になっているように、温泉に行っても客はインバウンド客だらけで、ここは日本? なんてことに・・

(温泉呑んべえ)
大衆食堂 at 沼田
 群馬県で最も北にある市である沼田市。市内を利根川が流れ、起伏のある河岸段丘の上に中心街が位置し、高度がある高架を通るこの辺りの風景は、関越自動車道の絶景スポットのひとつだ。
 沼田インターは、四万温泉、沢渡温泉、草津温泉や水上温泉、老神温泉などの有名温泉地への最寄りインターまたは通過インターで、周辺にある温泉も多く、沼田は温泉通にもよく知られている町でもある。
 各温泉地へ向かうときに沼田インターを下りると、ちょうど昼時になることも多い。そんなときに重宝するのが、沼田周辺の大衆食堂だ。大衆食堂は、自分にとっては普段の昼酒スポットでもあるが、車だとそれは叶わない。それでも、大衆食堂好きな自分は、食事だけのときでもついつい大衆食堂を選んでしまう。
 ひと言に大衆食堂といっても、こぢんまりした家族経営、古くからやっている地元密着型地、大箱のものやドライブイン、さらにはファミリー向け、労働者向け、駅前食堂や観光地食堂などなど様々。そんななかで自分の琴線にふれるのは、古くて、渋くて、気がついたらひっそりなくなっているような、それでいてなくなるとガックリくる、そんな郷愁をさそう店。沼田でいうと二軒がそれにあたる。



「花藤食堂」は、ラーメン系食堂の店。民家に無理くりに掲げられたって感じの、どでかいブリキ板にでかでかと「花藤」と書かれた看板が目を引く。



 年月が染み付いたような店内ももそれなりに朽ちていてるが、老夫婦が営むにはちょうどいい佇まい。メニューの短冊がそこそこ掲げられてはいるが、丼物などの食堂メニューの多くには「売り切れ」の紙が上から貼られていたりで、今はラーメンがメインのようだ。



 ビールを頼んでいないのにお通し?ではなく、サービスの前菜?が3種通される、



 とくにプッシュされているのは「きのこラーメン」。ご主人が山で採取するという、天然キノコ6種類のきのこをふんだんにつかったラーメン。大と小があって、大が1280円、小が980円。きのこの量で値段が違う。主人が「スープの味薄くない?」とスープの素ダレを渡してくれるので、薄い場合は追加して自分で調整する。あとは、店内の雰囲気を脳内ブレンドすれば完璧だ。
 食後のデザートにはリンゴ。次に来るときは餃子とチャーハンにしようかな。これからもまだまだ続けていてほしい。


 
「かずのや食堂」は、裏路地に佇む掘っ建て小屋風。年配のあかあさんがひとりで営む。



 扉を開けると縦長に伸びた店内は手前にテーブル席が3卓、奥が座敷になっていてけっこう広く、それなりにきれいに整頓されている。といっても、年期がはいっているには違いないのだが。11時開店直後だと客足は少ないが、昼時に近づくにつれどんどん人が入ってきて、地元民には人気の店のようだ。
 メニューは、焼き肉や野菜炒めなどの定食に丼物、あとはカレーにラーメン、うどんといった王道食堂メニュー。



 ラーメン350円とミニカレーライス250円で600円。ラーメンは昔ながらの中華そば。スープは出汁が効いており、麺もこの手のラーメンによくあるふにゃふにゃ感もなく少しだがコシもある。カレーは小麦粉が強い食堂カレーよりも本格的で、どちらも美味だ。お冷にスプーンが入って出てくる、昭和感がうれしい。



 夏季限定メニューのサラダうどんや冷やし中華もいいが、寒い時期だと冬季限定の「もつ煮定食」がいい。もつ煮は、東京の酒場のようなもつ肉が主ではなく、甘辛く煮た野菜が主のもの。副菜にサラダとひじきがついて600円。旨いな。こちらも、雰囲気スパイスを脳内ブレンドして完璧。



 食べ終わったら、指定の場所(厨房前の食器棚)にセルフで戻す。おかあさんのワンオペなので、お客さんも心得たもの。



 卓上に置かれた箸入れが、おみくじのようだ。当たりはないが、この店自体が大当たり!

(温泉呑んべえ)

 
調味料もかけ流し


 近ごろ醤油や塩は、ミニ容器に入れて携帯している。スシローぺろぺろ事件を気にしてのことではなく、たんに本物の調味料を使いたいからだ。

 醤油や味噌などの発酵食品は、基本的に自然熟成させてつくられる。例えば、醤油は大豆と小麦などに麹菌と塩を加え発酵させて、少なくとも1年以上かけて熟成させるが、手間も時間もかかるためその分価格も高くなる。
 かたや、スーパーなどに置いてある安価な醤油は、大量生産として工場で製造され、熟成させる手間をはぶくために人工アルコールを加えたものがほとんど。さらに低価格なものには、旨味を増すためにアミノ酸等の化学調味料を加えたものさえある。

 大衆向けの呑み屋や食堂に置いてある醤油は大抵はこの手のもので、言ってしまえば醤油ではなく、醤油に似せた調味料にすぎない。本物と偽物の醤油には、それほど味に天と地ほどの差がある。
 呑み屋で刺身で一杯なんて至福のひと時ではあるが、醤油が違うだけでお手ごろ価格の刺身でも格段と美味しくなる。旨いお酒を楽しむためには、もはや携帯醤油は手放せなくなった。

 それは何も醤油に限ったことではなく、塩や味噌も安価なものはすべてなんちゃって調味料。
 自然塩にたいして、精製塩には炭酸マグネシウムが混合されているし、旨みを補うために化学調味料や添加物が使用されているものも多い。味噌においても、長期熟成させる天然醸造にたいして、安価な味噌は短期で人工的に発酵させる速醸法でつくられたものに、化学調味料を加えて1ヶ月もかからず製造されている。

 温泉で例えるなら、本物の調味料は源泉そのもの、なんちゃって調味料は循環塩素入りということか。

 まあ、農薬まみれの野菜や薬品漬けの肉や養殖魚、ぱっと見どんな薬品か添加されているかわからない化学調味料まみれの食品ばかりで、栄養より毒のほうが多いんじゃないかと思える食べ物だらけの世の中。自宅では気にできても、外食ではどうしようもない。
 せめて調味料くらい、本物の源泉を探求するごとく、体を外から包み込んでくれるお湯にこだわるように、体の中にも源泉かけ流しを満喫したい。

(温泉呑んべえ)
現実逃避


 部屋を出て、階下に降りればこの湯船、なんて妄想が。仕事の締め切り前ともなると、現実逃避に走るのもしかたない。
 来週には温泉に行くよ。うむ。
 
(温泉呑んべえ)
2023.05.13 22:02 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 日々のできごと
ネタ切れ


 所用で千葉方面へ。首都高から京葉道路に入ると渋滞情報に80分の表示。連休中なので混んでいるのかと思いきや事故渋滞のもよう。休日ともなるとサンデードライバーが道にあふれ、比例して事故が増えてそこら中で渋滞が発生する。一旦高速を下りてみたところ、下道も同じような思いの車であふれ、渋滞にはまってしまう。失敗したかと思っていたら目の前に「スシロー」の看板が。今動いてもしょうがないので、急遽腹ごしらえすることにした。

 スシローといえば例のぺろぺろ事件が思い浮かぶが、店内は平和そのもの。スシローに入ったのは初めてだったが、注文した寿司が目の前のベルトコンベアーで運ばれてきて、近づくとそれを告げるアナウンスがある。目の前で止まるのかと思ったが、そのまま流れていくのでそれを逃さずピックアップするのだが、くら寿司やかっぱ寿司は席の所で止まるので面食らってしまった。おまけにそのアナウンスが、そこらじゅうの席から聞こえてくるので、けっこううるさいのだなと、初めてのスシローの第一印象。味の方はほかの回転寿司と比べて美味しいほうなのだが、なんとも落ち着かない。

 どんな寿司屋が好みかと問われれば人それざれに違いないが、温泉でいうと、回らない寿司屋が通常の温泉宿で、高級から庶民向けまでいろいろ。さしずめ、回転寿司は日帰り施設といった趣。かっぱ寿しは周辺住民が日々の入浴に利用する施設で、くら寿司が観光客もやってくるような施設。スシローはサウナでロウリュをやってそうな感じの施設って感じか。まあ、どちらにせよ循環レベルには違いないのだが、日帰りでかけ流しのある所は、三浦三崎港などのマイナー系のチェーン店になるのかな。

 これらの回転寿司店では、限定品を除き品切れはほぼない。個人店ならネタ切れは珍しくもないが、チェーン店では「まぐろ」はもうありません、などというのは許されないと言わんばかりに、在庫管理は徹底している。そのあたりも、きちんとした日帰り温泉施設っぽい。かたや、個人で賄ってるジミな温泉宿は立ち寄りで訪ねても、今日はお湯が入っていません、なんてことはザラにある。

 当ブログはといえば、ただいまネタ切れまっ最中。いやはや、ここ最近は温泉にも行けていなくて、このままじゃここも回転(開店)休業になってしまいそう。

(温泉呑んべえ)
インバウンド復活
 コロナ禍も落ち着き、世界は通常モードに戻り始め、各国間での人の行き来も活発になりだした。
 ここ日本においては、相変わらずのマスクだらけで、まだまだその実感は感じにくいが、街に増え始めた外国人の姿を見ると、否が応でもその波を感じる。



 友人と呑みに久しぶりに渋谷にでかけた。今や世界的な有名観光スポットとなった、渋谷スクランブル交差点。スマホで撮影しながらニコニコしてスクランブルを何往復もする外国人も、この春になって確実に増えてきている。スクランブル交差点を見下ろせる井の頭線に続くコンコースには、大勢の外国人がガイドの説明を受けている姿も。



 自分的にはその反対にある、岡本太郎氏の大作「明日の神話」のほうが素晴らしいと思うのだが、前を行き交う先を急ぐ人たちが素通りするだけで、見向きもされていない。

 

 それにしても、渋谷を闊歩する外国人のほとんどが西洋人。コロナ以前は来日観光客の多くが中国人だったが、彼らはまだ出入国制限があるのだろうか、その数は少ない。
 街や観光地のみならず、温泉においてもコロナ以前は中国の人を多く見かけた。群馬の「宝川温泉」などは、混浴大露天風呂が珍しいのか、中国を筆頭に外国人の御用達状態であったが、今はどうなんだろう? 
 個人的には観光客が多い名の知れた温泉にはあまり行かなくなり、地味だけどお湯がよいとか、少々施設が草臥れていようが、宿の人の目が行き届いた温泉へ好んで行くようになっている。
 うわべよりも本質。スクランブル交差点より、明日の神話のように。

(温泉呑んべえ)
湯るキャン
 山梨市にある「ほったらかし温泉」。1999年に、温泉以外には何もない施設としてオープンした。開設当時に行ったときは、簡易的な掘っ建て小屋風な受付くらしかなく、まさしく、ほったらかされ状態であったが、いつの間にか当時からある湯が「こっちの湯」で、さらに奥にもうひとつ「あっちの湯」、そのほかお休み処や展望テラス、軽食スタンド、売店などが立ち並ぶ、今やほったらかされてない湯に発展している。
 標高約700メートルの高台にある露天風呂からの絶景は昔のままで、正面の山並みの向こうには富士山、眼下には甲府盆地という景観が味わえる。泉質はアルカリ性単純温泉で、泉温は湯船によって若干違うが、体感で40度から41度あたり。


あっちの湯の入り口

 こっちの湯には、それぞれ7、8人くらいの、ぬるめの「ぬる湯」と少し熱めの「あつ湯」湯船と10数人が入れる岩風呂、それに小ぶりの内湯がある。あっちの湯のほうが広く、20人くらい入れる木造りの浴槽と、その下にこちらも20人くらいが入れる石造りの湯船があって、どちらからも絶景が楽しめる。
 あっちの湯には、ほかに中くらいの内湯と広めの洗い場も完備していて体を洗うこともでき、昔は景色を堪能するのが目的のような場所だったが、今やいっぱしの日帰り温泉として機能している。営業時間は日の出の1時間前から午後10時までで、日の出と夜景スポットとしても有名だ。


あっちの湯からの夜景(公式ホームページより)

 そんなほったらかし温泉の奥には、いつの間にかキャンプ場ができていて、今や山梨県内でも人気のキャンプ場として知られている。各区画には車乗り入れもでき、けっこうお手軽に利用できるのもいいが、一番の魅力は、ほったらかし温泉と同じく景観。向こうに富士山、下に広がる豆粒のような街並み。今回は、おひとりさま用の「ぼっちサイト」で二泊のキャンプと決め込んだ。



 午後14時にチェックインし、まずはテントの設営。そのあともろもろの準備をして、1時間後にようやく一杯。あさり煮の缶詰をバーナーで温めてエビスをぐいっとな。天気もまずまずで、まだまだ冠雪の残る富士山を眺めながらのビール、最高です。



 陽も傾き始めたので、徒歩10分弱くらいのほったらかし温泉へ。平日にもかかわらずそこそこの入浴客がいたが、それでも富士山を含む絶景を眺めながら、しばしほっこりだ。夜景も楽しみたいが、今回はキャンプが主なので1時間くらいで引き上げて、夕食の準備にとりかかる。



 キャンプの楽しみのひとつは焚き火。暖をとれるだけでなく、ゆらゆらとゆれる炎を見て、パチパチと鳴る音を聞いているだけで癒される。



 調理の火力は炭火。今夜の主菜は鳥モツ。モツを直火で焼きながら、ワイン。刻々と夜も更けていき、見上げれば満天の星、といきたいところだったが、月がでてきてそれはかなわなかった。そんなこんなで、キャンプの夜は早い。しばし酒に酔って、就寝とあいなった。



 翌日も日がなビールで過ごす。この日は、日の出を見ながらの入浴も、日中の富士山を見ながらの入浴も、夜景を見ながらの入浴も、けっきょくはしなかった。なんせ、1回につき入浴料800円はでかいし、歩いて行くのもかったるい。のんびり風にあたりながら呑んでいると、それだけで温泉につかっているのと同じくらい気持ちいい。

(温泉呑んべえ)
2023.04.14 23:43 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 日々のできごと
シーレな温泉
 

 桜満開の上野公園にある東京美術館で開催されている「エゴン・シーレ展」へ。

 エゴン・シーレは、1890年にオーストリアに生まれ、16歳でウィーン美術アカデミーに入学したのち数々の秀作を発表。象徴主義に基づく独自の耽美的描写で国際的評価を得るも、スペイン風邪に患い28歳で生涯を閉じた、 ウィーンが生んだ若き天才と称される画家である。今回の美術展は、世界有数のシーレ作品のコレクションを有する、レオポルド美術館の所蔵作品とシーレの同時代の画家の作品が展示され、大規模なシーレ展としては30年ぶりの開催となる。

 前回の開催時は観ていないが、30年前といえば、1990年代初頭。シーレの作品を初めて知ったのは確か80年代あたりだったが、前回のシーレ展はバブルも終焉して世の中混沌とした時代。空間がずれたようなシーレの描写世界は、さぞ当時の空気とマッチしていたにちがいない。

 上野といえば、東京から北方面へ温泉に出かけるとき、鉄道利用だとここが表玄関となる。「上野発の夜行列車降りたときから〜」の唄にあるように、上野は北へ向かう夜行列車の始発駅だった。だったというのも、もはやその夜行列車そのものがないからだ。かつてあった寝台夜行列車、近年では札幌行きの「北斗星」、青森行きの「あけぼの」といった、いわゆるブルートレインや、札幌行きの寝台特急「カシオペア」が全廃になってひさしい。

 ガタンコトンと鳴るレール音を子守唄にして、目覚めて朝の眩い光に満ちた駅に降り立つ瞬間は、今思えば別世界に来たような感覚に陥ったものだった。その別世界にある温泉もまた別世界の桃源郷のようで、どこかエゴン・シーレが見ていた世界にも通じる何かがあるように感じる。

 なんてのは、適当なこじつけてにすぎないが、あの一夜で世界をリセットするような感覚が味わえた夜行寝台列車は、今や定期運行では山陰や四国方面の温泉に行くとき利用する「サンライズ」しか残ってはいない。とくに、東京駅から出雲市駅までを約12時間かけて夜行運行する「サンライズ出雲」は、異世界温泉に行くにはピッタリ。久しぶりにサンライズ出雲で、鳥取・島根の温泉に行きたくなってきた。

(温泉呑んべえ)

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